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平成生まれのスーパースター「牛肉どまん中」

2007/08/18 13:00

 


 今年はもう平成19年。小渕官房長官が記者会見で「平成」の額縁を掲げてから、それだけの年月が過ぎた。平成生まれ世代の社会進出も始まっている。戦前生まれや昭和生まれがいつまでも活躍している印象がある駅弁も、大都会の駅に行けば当時のものはどこへやら。そして平成生まれの著名駅弁も、徐々に増えてきている。


 山形県・奥羽本線米沢駅「牛肉どまん中」(1,000円)は、その代表格のひとつであろう。駅売りの他に山形新幹線の車内販売でも人気の駅弁で、秋冬の駅弁催事でもよく売れ、デパートでの実演販売には行列ができる。山形米「どまんなか」の御飯、その上に詰める牛そぼろと牛肉煮、小いも煮や昆布巻などの付合せ、それぞれ見栄えも風味も確かにうまい。


 しかし、昔から銘柄牛が地元の名物である米沢駅では、昭和30年代から牛丼駅弁が売られており、今では約20種類から選べるほど。それでいて十数年前になぜ「牛肉どまん中」だけが爆発的な人気を得たのだろうか。


 1992(平成4)年7月の山形新幹線開業で、首都と米沢は毎時1本の直通便で2時間強の距離となり、全国最強の情報発信地との時間的や心理的な距離がぐっと近付いた。そして同年8月には、山形米の新種に「はえぬき」「どまんなか」の名前が付く。山形農業試験場が実施した水稲新品種の名称公募に11万通もの応募があり、その大胆な名前が全国的な話題となった。


 中身と地元に結び付くキーワード「牛肉」と、使用する米の名前をちょっとアレンジした「どまん中」を、ただ足しただけの名前。これに合うシンプルなデザインのパッケージと、中身の見栄え。舌で感じない部分にこういう味付けをした駅弁は、過去にあまり思い当たらないし、少なくとも米沢にはなかった。これらの偶然やタイミング、あるいは個性や策略がうまくはまり、新作が名駅弁へと昇華したのだろう。


 駅弁は今後も安泰だと思うが、山形米「どまんなか」の現況は安泰でない。作付面積は1995年にピークを打った後に激減し、2005年のデータでは最盛期の3%足らずの496ヘクタール。その数字も近年は毎年約1割ずつ減少を続ける。同期の桜「はえぬき」が、今や山形米の過半を占めるのとは対照的である。


 そのうち「牛肉どまん中」は「牛肉はえぬき」になるか、名前を残して他の米を使うことになるのだろうか。あるいはこの駅弁のために「どまんなか」の作付けを続けることになれば、駅弁が救い支える品種という、おそらく世界唯一の農作物になるかもしれない。


 なお、米沢駅では2社の駅弁屋が、似た商品と風味で競い合っている。「牛肉どまん中」を得た会社はもう安泰、BSE騒動の頃を除き新作に頼らず、王者の貫禄を見せる。駅弁の内容も風味も価格も負けていないはずなのに、知名度で大差を付けられたもう1社は、新作を連発し空弁に進出したり、ライバルを必死に追いかけているように見える。

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駅弁は予約ができる

2007/08/11 21:00

 


 おそらく多くの方に知られておらず、私もウェブサイトを開設するまで知らなかったが、駅弁は予約ができる。団体客でなくても、ひとり1個から応じてくれる駅弁屋もある。FAXやウェブサイトで注文を取れるところもある。予約限定の駅弁というものもある。


 旧国鉄の駅弁屋は、駅構内営業の許可と引き替えに、旅客への供食という任務も担っていた。平時は駅構内で弁当を売り、団体客に弁当などを届ける。非常時には国鉄の要請で立往生した列車の旅客に炊き出しを行う。かつて東北地方では、大雪により大勢の旅客が足止めされても対応できるよう、ひとつの駅に2~4社の駅弁屋を入れ、万全の態勢を整えていたとも言われる。


 外食産業と交通機関が発達した現在、そのような役割も終えつつあると思うが、老舗の駅弁屋の多くには旅客への義務、またはサービスとしての供食に対する心構えがある。エキナカのブームで駅構内に押し寄せた大手資本や外国資本の業者が果たして、見ず知らずのヨソ者に1個800円の駅弁を取り置いてくれるだろうか。


 予約の方法に定めは聞かないが、電話で次のように伝えればだいたい通る。「駅弁の取り置きを願う。何月何日の何列車で(+何時頃に)駅に行く。何弁当を何個買いたい。どこどこの売店に行くのでよろしく(または受け取り場所の指示を願いたい)。私の名前は○○で、電話番号は。」


 駅弁をその駅で確実に入手しなければならない場合、予約を入れておくことは望ましい。しかし駅弁を旅の楽しみとして生かす場合にはむしろ、予約を入れず駅弁売店に出向き、商品をその場で迷いながら選択するか、偶然の出会いに期待するほうが、より良いのではないかとも思う。大都会を除き、駅弁屋の数や営業時間は縮小の一途をたどっているが、市販の大判時刻表で駅弁販売駅の記号が付く駅へ昼頃に訪問すれば、この方法を取ることができる。


 なお、今の夏場は無理だが、冬場になると駅弁の宅配に応じてくれる駅弁屋も、十数社程度はあると思われる。例えばJR西日本エリアの駅弁屋の団体が運営するウェブサイト「駅弁図鑑西日本版」では、10月から3月までネット上で駅弁の取り寄せが可能だ。これでは旅情も風情もないかもしれないが、駅弁のコレクターにとっては、何度も訪問できない駅に未購入の駅弁がいくつもある場合に便利である。

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カニ駅弁の「元祖」を3つ重ねる名作「元祖かに寿し」

2007/08/10 12:00

 


 カニの駅弁は今や、北海道から九州まで全国に分布する。特に毛ガニやタラバガニの北海道、越前ガニの北陸地方、松葉ガニの山陰地方では、昔も今も多くの駅でカニ駅弁が売られる。その中で元祖を名乗る駅弁が、鳥取県・山陰本線鳥取駅の「元祖かに寿し」(980円)。この「元祖」には3つの意味があるのではないかと思う。


 1点目は、1952(昭和27)年に登場した、全国初のカニ寿司駅弁であること。当時は北海道でも北陸でも山陰でも、冬場になればカニがふんだんに獲れた。敗戦から復興へ向かいつつあるこの時期、地元の名産であり、ある意味持て余していたであろう食材が、初めて寿司駅弁となったのが鳥取とされる。


 2点目は、1958(昭和33)年にカニ駅弁で全国初の通年販売を実現したこと。今は一年中カニ駅弁が食べられて当たり前である。しかし当時は保存が利かず、鳥取の駅弁屋が冷凍保存の技術を独自に開発するまでは、その販売は冬漁期の11~3月に限られていた。この出来事は駅弁の歴史に燦然と輝く、「元祖」にふさわしい業績である。


 3点目は、今も当時の製法を守り続けていること。駅弁の世界に限らず、老舗は何も変わらないとむしろ生き残れない。コンセプトを変えずに中身や風味の改良を続けることで、老舗の品質と風格が出る。「元祖かに寿し」は何も変わらないことで、後発品の追い上げを許し、かつてのカニ駅弁全国一の名声を失った。しかし今も地元に生き続けていることは、名駅弁の証である。


 鳥取駅にはこの「元祖かに寿し」の他に、カニ型の部分分解樹脂を容器に使う「山陰鳥取かにめし」(1,100円)、カニの細巻きや握りも詰めた「お好みかに寿し」(1,200円)などのカニ駅弁もある。そして「元祖かに寿し」のCMソングは鳥取県のご当地ソングとされる。横浜のシウマイとどちらか先か、これも元祖級の駅弁かもしれない。

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駅弁ニュース・駅弁、空弁に続く道路の弁当は名前が乱立

2007/08/04 12:00

 


 約120年の歴史を刻む鉄道の「駅弁」、4年前に急速に広まった空港の「空弁」に続けとばかり、道路の弁当がここ1年で動き始めた。


 先陣を切ったのは「速弁(はやべん)」。日本道路公団の3分割民営化で中部日本エリアの高速道路を割り当てられた中日本高速道路(NEXCO中日本)が、JTB中部と共同開発して2006年11月から高速道路のサービスエリア(SA)で販売を開始した。現在は10のSAで22種類が売られるほか、これを契機にSAやパーキングエリア(PA)での弁当販売が活発化し、それらの商品も速弁と総称されていると思う。


 これに続くのが「どら(道楽)弁当」。同じく東日本エリアの高速道路を割り当てられた東日本高速道路(NEXCO東日本)が、駅弁の女王こと小林しのぶ氏の監修のもと2007年6月からSAで販売を開始した。同じような名前と性格を持つ会社の二番煎じと見られたか、残念ながら紹介記事をほとんど見ていないが、第一弾の2SA2種類を皮切りに、年度内に7~8種類の販売を開始する予定だという。


 駅弁、空弁ときたら、道路の弁当は「道弁(みちべん)」と呼びたくなる。しかしこの名前は東京都の駅弁催事会社大手が商標を押さえていた。そのため上記両社はこれに抵触しない、しかし親しみやすい名前を模索したのだろう。NEXCO中日本は「高速道路弁当」「高速弁当」「高速弁」を、NEXCO東日本は「道の路満弁当」「路満弁当」「旅路弁当」を、それぞれ商標として出願したことが公開されている。


 「道弁」はおそらく今年の秋冬から、全国のスーパーやデパートの駅弁催事を賑わせるだろう。「速弁」は中日本の高速道路、「どら弁当」は東日本の高速道路、そして全国各地の旧建設省「道の駅」では「道の駅弁」が点々と存在している。まったく紛らわしい。商売には乗っても、文化と呼べる日は、このままではおそらく来ない。例えば現時点で知名度を持てそうな「速弁」や「道弁」の名称を、広く使えるような仕組みはできないものだろうか。


 商標については別の問題もある。上記の催事会社はここ数年で、駅弁や空弁に関する派生名称をことごとく商標で押さえ、駅弁や空弁の催事における他社の参入を排除できる仕組みを構築してしまった。少々の非難を受けながらもその知名度を広げる役割を担う、遠隔地での駅弁や空弁の販売、そして今後は道路の弁当の販売を、このままでは衰退に導きかねない。事実、この駅弁ブームの中で駅弁催事をとりやめるスーパーやデパートが、すでに現れ始めている。

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郷土料理の名前を駅弁が変えた「祭ずし」

2007/08/03 12:00

 


 16世紀の岡山を半世紀近く治めた池田光政は、庶民に質素倹約を奨励し贅沢を禁止した。食事に関しても一汁一菜のお触れを出す。町民は不条理な規制を逃れようと、酢飯に魚や野菜を贅沢に混ぜた豪華な「一菜」に汁を添えて応酬した。あるいは、折箱に酢飯を詰めて質素を装い、その底に海の幸や山の幸をふんだんに敷き隠した。


 江戸時代にこのような倹約令は全国各地で度々出された、つまり結局は守られないし守らせないために有耶無耶にされたようだが、池田藩政はしっかり取り締まっていたのだろう。こうして岡山の郷土料理「祭ずし」が生まれ、現在も市民や旅行者に親しまれている。。。


 以上の文章には、ひとつ間違いがある。池田光政の倹約令が生んだとされる郷土料理は、「祭ずし」ではなく「ばらずし」である。そして「祭ずし」は、駅弁が生んだ。


 新幹線は夢の超特急で、特急は文字通り特別な急行であった昭和30年代。岡山駅の駅弁屋は、郷土料理ばらずしを駅弁にしてみようと考えた。しかしこのちらし寿司は、そのまま弁当にすると保存性が悪い。そのため、駅弁化するにあたり具の種類や加工を工夫し、名前も変えて1963(昭和38)年に売り出した駅弁が、「祭りずし」である。


 酢飯の上に錦糸卵を敷き、エビ、ママカリ、アナゴ、椎茸、タケノコなどを載せる。後に岡山が誇るスーパーヒーローを名前に加え、桃型のプラ製容器を使用した「桃太郎の祭ずし」へとバージョンアップ。今や岡山を代表する駅弁に育ち、郷土料理の名前にまで影響を及ぼしている。


 郷土料理のばらずしは「米一升、金一両」と例えられ、勝手に解釈すれば一個10万円の豪華弁当になろう。駅弁は一人前950円であるから、そこまでの豪華さは出ないが、重箱容器に三人前を詰める「贈答用祭ずし」(2,500円・要予約)であれば、見栄えも分量もお祭り気分。さらに岡山駅には全国唯一のフルカスタマイズ駅弁「わがままオーダー弁当」もあり、注文に応じた内容と価格の駅弁を作ってもらえる。

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駅弁ニュース・福島県人を育てたピラフがいわき駅弁に

2007/07/28 12:00

 


 東日本の各地で駅弁を販売する日本レストランエンタプライズ(NRE)は、2007年7月1日から福島県・常磐線いわき駅で「いわきカニピラフ弁当」「いわきウニピラフ弁当」(各1,000円)を発売。地元の老舗レストランと共同開発した洋風駅弁。駅ホーム上売店と特急列車の車内で販売される。


 と、簡潔に紹介すればただの新作駅弁発売記事。駅弁は商品寿命の長さも特徴であるが、年に数百種の新作も登場している。その何割かが新聞記事その他で紹介され、しかし数年もすれば多くは消え、時の選別を経て残った駅弁が、その伝統と歴史を積み上げる。


 ただ、今回の新作駅弁は、3つの点で他駅の新作情報とは趣を異にする。1点目は、商品の実力。メヒコのピラフは、いわきを含む福島県浜通りエリアでは誰もが知るシーフードレストランの名物料理。「福島県人はメヒコのピラフで育つ」とまで雑誌に書かれた、いわば郷土料理の駅弁への進出は、ただの新作ではない。将来的に富山駅弁「ますのすし」や宮島口駅弁「あなごめし」級の著名駅弁になりうるポテンシャルを感じる。この点は、地元の新聞やテレビでも紹介された。


 残る2つはメディアに乗らなかった。2点目は、またいわき駅の駅弁屋が撤退したという事実。ここでは名物駅弁「うにめし」を擁し、19世紀から駅弁を販売していた老舗の駅弁屋が、2005年5月限りで後継者難と駅前再開発により廃業している。その後は同じ常磐線の日立と水戸の駅弁屋が「うにめし」のレシピと幕の内弁当の容器を引き継ぎ、自社駅弁も持ち込んで駅弁売店を共同運営していたのだが、これも2年で撤退に追い込まれたことになる。


 3点目は、その後継業者がよりによってNREであること。国鉄の分割民営化から20年、JR東日本エリアの駅弁屋は激減し、その一部に100%子会社のNREが進出、東京と同一か同様の駅弁を置きに来る。そんな駅は便利だし、うまい駅弁もある。しかし駅弁の個性と特徴である、地域性と多様性は失われる。


 新作駅弁は先週末に食べてきた。柔らかく淡い風味のカニピラフ、風味も食感もとろけるウニピラフ、そしてこの地域の方々にはおなじみの、または懐かしい名前と風味。凄い駅弁が出てきた。しかし駅弁売店のショーケースに収まる商品見本は、東京、上野、品川、新宿、大宮の各駅と、そして東日本各地の主要駅や車内販売と全く同じ、「釜めし弁当」であり「幕の内弁当」であり「あじさば寿司」であり「チキン弁当」であった。東北本線に続き常磐線でも、地元の駅弁屋は淘汰されていくのだろうか。

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全国唯一の駅弁なし県で見つけた文化的な折詰駅弁「寿司」

2007/07/27 12:00

 


 現在は国内の全47都道府県に駅弁がある。しかし5年ほど前には、駅弁のない県がふたつ存在した。ひとつは沖縄県。2004年8月のモノレール開業まで59年間も、県内に人を運ぶ鉄軌道がなかったのだから、駅弁がなくても仕方がない。もうひとつは徳島県。国鉄時代には徳島駅「栗めし」や阿波池田駅「鮎ずし」などの駅弁が売られていたが、1990年代に駅弁屋が相次いで撤退したため、事実上全国で唯一の駅弁がない県となってしまった。


 しかし、徳島には鉄道があり、特急が走り、街もある。四国4県の県庁所在地駅で、最も駅前が賑やかで発展している印象を受けるのも徳島だと思う。そんな駅で本当に駅弁、あるいは駅弁らしい駅売り弁当はないのか。そんな疑問を晴らそうと、2002年夏に現地へ向かった。


 結果として駅弁の販売をキヨスクで見つけた。しかも、その商品は昔の駅弁文化をなぜか色濃く残していた。種類こそ「御弁当」(1,000円)と「寿司」(700円)の2品のみ。しかし今時こんなシンプルな駅弁名は使われない。前者は御料理弁当と呼びたくなる、飾り気のない質実剛健な幕の内弁当。


 そして後者。今や貴重な経木折を開けば、二千種以上の駅弁を食べた今になっても他に類例を見ない、新幹線のない時代に発行された駅弁紹介本に写真があったような、分量豊かな寿司セット。中身は太巻8切れ、いなりずし2個、寿司3切れのみ。


 国鉄時代の駅弁には、幕の内や寿司を指す普通弁当と、その他すべてを指す特殊弁当という分類があった。そして徳島駅では、昔ながらの普通弁当が健在であった。古風を通り越して進化に取り残されたような、新幹線と特急の時代に生き残れなかった内容の駅弁と出会えた驚きは、今も鮮烈な印象として残る。


 徳島駅にはこの翌年、別業者が阿波尾鶏の駅弁を開発して新規参入、現在はこれが徳島一の名物駅弁という地位を得ている。そうなると、時代遅れの駅弁は淘汰されかねない。それが心配で2006年秋に再訪したら、掛紙も容器も中身も価格も売り場も4年前と変わらずに、現代風の鶏飯と共存していた。

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駅弁ニュース・大船駅でも駅弁立売イベント

2007/07/22 12:00

 


 神奈川県・東海道本線大船駅などで駅弁を販売する大船軒は、東海道本線横浜~国府津間開業120周年を記念し、2007年7月11日から24日までを3期に分けて記念駅弁「東海道線開業120周年記念弁当」(800円)を販売するほか、7月14~16、21、22日の5日間に大船駅で駅弁立売を実施する。


 つまり、前日に紹介した横浜駅シウマイ娘と同じ理由による駅弁立売イベント。そしておそらく先週末の3日分は、同じ理由で立売は中止されたはず。駅弁立売が各地で見られた頃に比べて、鉄道の安全への配慮が格段に厳しくなった。例えば昔のように列車を追いかけながら駅弁と代金をやり取りするなどしようものなら、きっと立売イベントは即刻中止、駅構内営業の権利維持さえも危ういかもしれない。


 その立売も見に行った。鉄道は横浜と大船の間で国境をまたぐ(武蔵と相模)が、天候は相変わらず曇り空のまま。こちらの駅弁立売はイメージどおり、ベテランの男性係員が大きな箱に駅弁を積み重ね、「べんと~~~、べんと~~~。」と太い声を響かせながら、東海道線下りホームを練り歩いていた。感動の光景。


 しかし、やはりここでも駅弁立売の風習は消えていた。昔にはなかった発車メロディと自動音声案内、そして昔より音量が上がったのではないかと思う構内放送に売り声をかき消され、車窓が動くことなく、立売人は乗客に呼び止められることなく電車を見送る。そして、電車が去って箱を台に仮置きすると、駅弁を買い求める声がかかり、駅弁が売れる。

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駅弁ニュース・シウマイ娘が横浜駅に登場

2007/07/21 15:00

 


 神奈川県・東海道本線横浜駅などで駅弁を販売する崎陽軒は、東海道本線横浜~国府津間開業120周年を記念し、昭和30年代当時のパッケージを再現した10個入りの「シウマイ」(400円)を、横浜駅東海道本線下りホームで立ち売りにて販売した。


 本来は7月14~16、21、22日の5日間実施する予定のイベントであったが、先週末の3日分は台風4号の接近懸念により中止されてしまった。今週末も週末だけ雨天の予報と、やはり天候に恵まれていないが、立売は予定どおり実施されている。


 赤い衣装を身にまとう、若い女性の駅弁立売人「シウマイ娘」が復活したのは何十年ぶりであろうか。全国各地に点々と辛うじて残る駅弁立売販売は、SL時代からこの道数十年という大ベテランとほぼ決まっており、そうでない風景には大いに違和感を覚えながら、JRと駅弁屋の英断に感謝した。


 しかし、もうこの土地に駅弁立売の文化はない。列車の停車時間もないし、車窓を大きく開くこともできない。3名の売り子さんは朝10時の販売開始時にこそ、大いにカメラと通行客の注目を集めていたが、2時間後に戻ってみたら閑散と。でも、これも絵になるし、駅弁文化の風景である。

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世界最大の駅弁「鉢盛かしわめし」

2007/07/20 12:00

 


 駅弁と呼べる弁当販売は、日本の他には台湾にしかないと思う。その台湾の駅弁は、おそらく全土で20種類程度。日本の駅弁はそれを2桁上回る種類があり、そしてそれだけの多様性がある。日本一の駅弁はすなわち、世界一の駅弁と言える。


 大きさで世界一と思われる駅弁が、小倉と博多の間にある福岡県北九州市・鹿児島本線折尾駅にある。1921(大正10)年に登場した伝統の駅弁「かしわめし」の、5~6人前版「鉢盛(はちもり)かしわめし」(5,000円)である。


 駅弁に限らず、大きいものは写真では表現しにくいから、数字の力を借りる。容器は直径39センチ、厚さ約3センチで敷かれた鶏御飯の重量は約2.5kg。これに添えられるタクアン約7枚、さくらんぼ2個、紅生姜ひとつまみ、しゃもじ1本、わりばし5膳、平皿5枚を加えると3kg近い。


 さすがにこれが駅弁売店に積まれることはなく、入手には事前の予約が必要。しかし「かもり」という略称が付くくらい売れているようで、これは単なる話題提供作ではない。ここの駅弁屋は、街の弁当屋や仕出し業者としても親しまれる。普段は宴会料理として地元に親しまれ、たまに旅行者が狙いに来るのだろう。


 北部九州の郷土料理である鶏炊込飯は、九州山口地方の各地で駅弁になっているが、折尾駅のものはその中でも昔から風味の評価が高い。その秘訣である調味料の配合は、親族の女性数名だけに代々受け継がれているという。軽々しく使えない本物の「秘伝」が、ここにある。ひとりで丸ごと平らげても、食べ飽きない味であった。

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